リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「ここでいいや。水をくれ」

どさりと、玄関の上がり口に腰を下ろして座り込んでしまった牧野に、明子はため息を吐く。

「上がってください」
「いいよ。すぐ帰るから」
「ダメですよ」
「大丈夫だって」
「ダメです」
「大丈夫。問題ない」

どんな言葉にも、こうなふうに言い張って我を通そうとする牧野には、梃子でも動かない頑固さがある。
判っているだけに、明子はまたため息を吐く。

「中で、休んでください」
「いいよ。水飲んだら、帰って寝る」
「ソファーくらい、貸しますよ」
「いいって。水」

座り込んだ大きな背中に声を掛け、明子は粘り強く説得を試みるが、無駄な徒労になりそうだと判断して、仕方なく、コップに水を入れて運んできた。
コップを差し出したときに触れた牧野の指先は、まだ冷たいままだった。
頬に触れた手の氷のような冷たさを思い出し、明子は「ちょっと、待っててください」と、牧野に告げて、キッチンに戻った。

「勝手に帰ったりしたら、ホントにもう、絶交ですからね」

明子の姿がないときを狙って、こっそりと帰ってしまわないようにキッチンからそう言うと、「絶交って。子どもか、お前は」と、楽しげに笑う声があった。
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