リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
少しだけ気まずくて。
でも、どこか心地よくて。
逃げ出したいはずなのに、心のどこかでは、ずっとこの時間が続いて欲しいと願ってしまう。
そんな不思議な沈黙が続く中、明子はただ、牧野の背中を見つめた。
ずっと、ずっと見つめてきた、その背中を見つめた。


遠くに行くと、そう決めた。
明子のその心が、ゆらりと揺らぐ。
陰さえ見ない世界に行くと決めたのに。
なのに。

本当に、この背中が見えなくなってしまったら……。

そう思うだけで、明子の心は痛むほどに冷えて凍え出した。


その背に向かい、明子はゆるりと手を伸ばす。
けれど、その背中に触れる寸前で、明子はその手をきつく握った。


触れたい。
けれど、遠い。


昨日のことが、遠い昔のように、明子には思えた。
なんの躊躇いもなく、この背に拳を振り落とし、手を当てた。


あの楽しかった時間が、


遠い。
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