リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「なあ。考えてくれよ。簿記の試験もそうだし、昇進のこととか、あの仕事をやれるのか、やれないのか、とかもさ。自分が、今のままでいいのかどうか、ちゃんと考えてくれよ」
それが、自分のたった一つの願いだというように、牧野は訥々と、明子に言い聞かせた。
「考えて、ちゃんと考えて、出した答えなら、それでいいから」
今のままで十分だと、本気でそう思っているなら、もう無理強いはしないから。
明子の知っている牧野から想像もできない、牧野らしからぬその言葉に、明子は戸惑うしかなかった。
答えるべき言葉が、見つけられない。
変わりたいと思った自分は、確かにいる。
子どものような甘えを捨てて、強くあろうと心に決めて、自分の足でしっかりと立っていた、そんな生き方をしていたころの自分に戻ろうと、そう思った自分は、確かに、明子の中にいる。
けれど、それが牧野が同じ場所にきて欲しいと望んでいる”小杉明子”とは思えなかった。
そして、牧野が望む”小杉明子”になれるとも思えなかった。
だから、牧野にどう答えればいいのかが、明子には判らなかった。
そんな明子の戸惑いなどには気づいてもいない牧野は、ただ静かに言葉を続けていった。
「あんな仕事。覚悟を決めなきゃやれないってことくらい、判るからな。俺だって、正直、土建屋の仕事は続けられなかった。向こうさんが抜けてくれって言ってくれたのを幸いに、さっさと逃げたからな」
「牧野さんのほうが、もっときつい状況だったでしょ」
「そうでもないさ。あっちにも俺の味方もいたしな」
「さすが、どこでも人気者ですね」
茶化すような明子の言葉に、「ばか。そんなんじゃねえよ」と言って、小さく笑った。
「あのな、きついのは判るから。だから、できないならできないでいい。上には、適当に言っておく」
「そんなことしたら、牧野さんが怒られますよ。バツついちゃいますよ」
「牧野様は、そんなバツなんざ吹っ飛ばすようなでっかいマルを、自力でがっつり勝ち取れるから、大丈夫だ。俺を見くびるなよ」
重苦しくならないようにと、軽妙な口調で喋る明子に合わせるように、牧野も鼻先でくすりと笑いながら、調子にのっているときの声で、そう切り返す。
そのまま、会話は途切れ、沈黙の時間が続いた。
「考えて、くれ」
ややあって。
牧野は、その一言だけを明子に告げると、もう全てを語ったと言うように、また静かになった。
明子は視線を落として、膝の上できつく握りしめた手を見つめ続けた。
それが、自分のたった一つの願いだというように、牧野は訥々と、明子に言い聞かせた。
「考えて、ちゃんと考えて、出した答えなら、それでいいから」
今のままで十分だと、本気でそう思っているなら、もう無理強いはしないから。
明子の知っている牧野から想像もできない、牧野らしからぬその言葉に、明子は戸惑うしかなかった。
答えるべき言葉が、見つけられない。
変わりたいと思った自分は、確かにいる。
子どものような甘えを捨てて、強くあろうと心に決めて、自分の足でしっかりと立っていた、そんな生き方をしていたころの自分に戻ろうと、そう思った自分は、確かに、明子の中にいる。
けれど、それが牧野が同じ場所にきて欲しいと望んでいる”小杉明子”とは思えなかった。
そして、牧野が望む”小杉明子”になれるとも思えなかった。
だから、牧野にどう答えればいいのかが、明子には判らなかった。
そんな明子の戸惑いなどには気づいてもいない牧野は、ただ静かに言葉を続けていった。
「あんな仕事。覚悟を決めなきゃやれないってことくらい、判るからな。俺だって、正直、土建屋の仕事は続けられなかった。向こうさんが抜けてくれって言ってくれたのを幸いに、さっさと逃げたからな」
「牧野さんのほうが、もっときつい状況だったでしょ」
「そうでもないさ。あっちにも俺の味方もいたしな」
「さすが、どこでも人気者ですね」
茶化すような明子の言葉に、「ばか。そんなんじゃねえよ」と言って、小さく笑った。
「あのな、きついのは判るから。だから、できないならできないでいい。上には、適当に言っておく」
「そんなことしたら、牧野さんが怒られますよ。バツついちゃいますよ」
「牧野様は、そんなバツなんざ吹っ飛ばすようなでっかいマルを、自力でがっつり勝ち取れるから、大丈夫だ。俺を見くびるなよ」
重苦しくならないようにと、軽妙な口調で喋る明子に合わせるように、牧野も鼻先でくすりと笑いながら、調子にのっているときの声で、そう切り返す。
そのまま、会話は途切れ、沈黙の時間が続いた。
「考えて、くれ」
ややあって。
牧野は、その一言だけを明子に告げると、もう全てを語ったと言うように、また静かになった。
明子は視線を落として、膝の上できつく握りしめた手を見つめ続けた。