リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
どれほどの時間、そうしていたことか。

ぐらりと、牧野の上半身が揺れた。
その気配に明子が顔を上げると、牧野はそのまま壁に寄りかかるような姿勢になった。

「ちょっ、牧野さんっ ダメですよ、こんなとこで寝ちゃっ」

牧野さんっ
声を張り上げ、明子は牧野の名前を呼んだ。
これはまずい事態だわと、明子は慌てて牧野を揺り起こそうとするが、当の牧野はすでに眠りの淵に落ちていた。
寝ると決めたら、どこであっても熟睡してしまう。
それは、牧野の十八番だった。


(もうっ)
(なにが、枕が変わると眠れないよっ)
(どこでも、ぐぅぐぅ寝ちゃう人のくせにっ)
(バカっ)


昼休みの僅かな時間でも、寝ると決めて寝てしまった牧野は、まず起きない。
どれだけ携帯電話が鳴っていても、笹島に大声で呼ばれても、君島に頭を小突かれても、万が一、火災報知器が鳴り響いたとしても。
牧野は起きない。
だが、起きるとそう決めた時間になると、誰に起こされなくても間違いなく起きる。
それまでの深い眠りがウソのように、突然、目を覚まし、そして、目覚めた牧野は眠っていた事実などなかったかのように、慌しく動き回る。
だから、付き合いが長い社員であればあるほど、寝ている牧野を見ると、電池が充電できるまで寝かせておけというように、牧野のことは構わず放っておく。
目覚めた牧野が、どれだけの勢いで仕事を片付けていくことか。
それを知っているから、放っておく。
それが、暗黙の了解となっていた。
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