リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あ。車。勝手にすいません。マンションの駐車場に入ってます」
「サンキュ。助かった。金かかったろ。いくらだ?」
「いいです。お駄賃代わりに、スーパーまで乗ってちゃいました」
「それはいいって、……味噌煮も、うまそうだな」

イスごと明子の隣に移動してきた牧野は、そんなことを言いながらフライパンの中を覗きこむと、きょろきょろと何かを探す素振りを見せた。

「なんです?」
「ん? 味見」
「だから、お腹が空いてるなら、なんか作りますって」
「いいから、いいから」

なにがいいんですかとため息を吐く明子をよそに、水切りカゴの中に手頃なスプーンを見つけた牧野は、明子が止める間もなく、それで煮汁を掬うと口に入れた。

「ん。うまいな」
「……、持っていきますか?」

窺うようにそう尋ねる明子に、牧野は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「こういうの、やっぱ、男の一人暮らしだとなかなかな。食いたいときは居酒屋か、スーパーで買ってくるかでさ」

そろそろ、食いたかったんだよなあ。
本気で喜んでいる様子に、むしろ、明子のほうがたじろいだ。
大丈夫かなと、不安になった。
< 401 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop