リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「口に合わなくても、クレームは受けつけませんよ」
「大丈夫だろ。多分、味の好み、似てると思うな。昨日の玉子焼きも美味かったし、うどんも美味かったよ」
「……なら、いいんですけど」

流し台に肘をつき、手で顔を支えるようにして、細めた目で明子の手元を楽しそうに見つめている牧野は、まだどこか眠たそうなふわふわとした感じの喋り方だった。
いつもよりも、少し低めのその声には、いつになく穏やかで優しい響きがあった。
会社ではオールバックで固めている髪が、手ぐしで無造作にかき乱されてボサボサで、前髪が下りているその顔は、普段より一層若々しく見えた。

明子が煮汁をお玉で掬って鯖に掛けると、真似するように、牧野も手にしたままのスプーンで煮汁を掬って鯖に掛けた。
その様子は、水たまりでイタズラをしているような子どもに見えるし、母親にじゃれて甘えている子どものようにも見えた。

明子の顔が、次第に綻んでいく。
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