リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
体中を泡だらけにして、牧野は汚れを全て洗い流した。

土曜の朝、会社に戻る前、その途中にある二十四時間営業の温泉施設で汗は流してきた。
けれど、昨夜の雨と汗はそのままだ。
それが肌にこびりついているようで、とにかく気持ち悪かった。

頭上から、叩きつけるような勢いで降り注ぐ熱い湯を浴びる。

生き返る。

大袈裟かもしれないが、まさに、そんな心地だった。


(そういや、あの店に花届けるの、いつだ?)
(水曜か?)
(それまでに、金を払いに行って、きっちり口止めしとかねえとな)
(うっかり喋られたら面倒だしな)
(つうか)
(頼んでも無理か?)
(喋っちまうか?)


不意に思い出したその事実に、失敗したなと、牧野は顔を顰めた。
帰りに寄ればよかったなと、今になってそう思っても、後の祭りだ。


(いや、下手に寄ったりしたら……)
(事の顛末を話すまで、帰してもらえなかったよな)
(むしろ、寄らないで正解だったか?)


首を凝りを解しながら、そんな取り止めのないことを考えた。


(仕事の話をしていた、会社の同僚って言い訳)
(お袋どのと、親父どのに通じるか?)
(むりっぽいなあ)
(正月に連れてこいとか、騒がなきゃいいけどなあ)


韓国料理屋の女店主が、店に花を届けにきた弟に、うっかりと昨夜のことを喋ってしまったときのことを考え、牧野はガシガシと髪を掻き乱した。


(面倒くせえことに、ならなきゃいいなあ)


そんなことを祈りつつ、まあ、そのときはそのときだなと、あっさりと牧野は開き直った。
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