リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
今日も、いつも通り、彼女たちは、念入れにメイクをしているのだろう。 
ずらりと、自慢のメイク用品を並べて、ビーズやリボンで派手に飾った手鏡を手に。
そんな姿が、容易に想像がついた。

「沼っちにしとけって、感じなんだけど。尻に敷けて、調度いいじゃん」

漏れ聞こえてきた言葉に、明子は呻き声をあげたい気分になってきた。


(沼っちっていうのは……、沼田くんのこと?)
(あなたたちより先輩だよ?)
(そういえば……、ときどき、キムキムとかって単語が会話に混じるときがあったけど、まさか、木村くんのこととか?)


化粧の件もそうだけれど、口の利き方すらできなさ過ぎるお嬢様方に、明子はロッカーに頭を打ち据えて吠えたくなってきた。

「あはは。沼っち、潰れるわよ。あんなデブに敷かれたら」
「あの人って、婚約破棄されたんだって?」
「そうなの? えー。なになに、その話、聞きたーい」

明子は込み上げてくる怒りを、飲みこむ息で押さえ込んだ。
ふざけるなと、今にも怒鳴りだしそうだった。

普段の明子なら、この時間はもう席に付いている。
そのことを知っている彼女たちは、明子がいるとは思わずに、そんな話をしているのだろうが、それでも許せることではなかった。

今でも、ときどき、女子社員だけで集まると、あのことは話題にされたりすることがある。
でも、そのほとんどに、そんなことは早く忘れなよと言う、そんな励まし混じりの言葉が添えられている。
ひそひそと陰で囁かれているより、あっけらかんと笑い話にでもしてもらえたほうが、はるかにましだが、それでも、こんな連中のもの笑い話のタネにされる筋合いはなかった。

ぎゅっと。
明子は、右の拳を握り締め、大きく息を吸い込んだ。
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