リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「金曜のプレゼンには、笹原部長が同席してくださる予定だったんですが、なにか急用が入ったらしく、急遽、林田本部長が同席してくださることになったんです」
「ホントに、本部長が?」

驚きに皆が静まり返る中、紀子だけがいつもと変わらない声で明子にそう確認を取りに来た。
本部長自らが客先に同行すること自体が、おどろきのできごとなのだ。ましてや、今回のようなプレゼンの席に同席することは、異例中の異例だ。
紀子が改めて、その真偽を問いただすのも無理のないことだった。
それでも、平素と変わらない声で尋ねてくれたことで、明子の気持ちは楽になった。
肩をすくめて「ホント」と、柔らかな声でそれに答えた。

「もう、寿命が縮んだわ。私も沼田くんも、当日、客先に着いてからそれを聞いて、これでもかってくらい、冷や汗をかいちゃった。ね?」

同意を求めるように、にこりと笑いかけながら沼田を見ると、沼田はまだ汗を浮かべた顔のまま、ひとつ、大きく頷いて見せた。

「お前、ほんっとに、頑張ってきたんだなあ。昼飯、奢ってやる」

ぶわっと、詰めていた息を吐き出した野木は、隣の沼田を見てそんなことを言いながら「ほれ、汗拭け」と、ティッシュボックスを沼田に差し出した。
自分のがと言う沼田に、いいから、ほれという野木に、沼田は少し嬉しそうに笑い、それを受け取った。

「沼田さん、かっけー」
「俺はムリだわー、その状況。泣く。逃げる。いや、多分、気ぃ失うな」

木村の言葉に続いた川田の言葉に、ようやく室内の雰囲気も日常を取り戻したように動き始めた。

「沼田くん、本部長からも、随分と褒めていただきましたよ。いい出来だったと。ですから、プレゼンのやり直しは必要ありません。このまま話を進めてください」

顔面蒼白という顔色で固まってしまっている吉田に、明子はただ静かにそう話し続けた。
けれど、もう、明子の声など耳に届いていないような様子だった。
ややあって、大塚が息を吐き出しながら、笑った。
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