リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
そういえば、九月ごろに打診されたと、牧野は言っていたような気がする。
二ヶ月近くも、理由も告げずに返事を先延ばしにして保留にしていれば、変な噂にもなるに決まっている。
味方もいっぱいいるけれど、敵もたくさんいる人なのだから。
それでも、明子の耳に不用意にその話しが入ることがないよう、小林や松山たちに牧野は頼んでいたのだろう。
話しを切り出すタイミングを、ずって待って、待って待って待ち続けてくれていたのだろう。


もう一度、深呼吸を一つ。
決意するための、息を、吸い込み、吐き出した。


(牧野さん)
(この一歩は、あなたが望んでいる一歩になるんだよね?)
(この一歩を踏み出せば、踏み出したその先でまた頑張れば……)
(いつか、また、その腕で、私を抱きしめてくれますか?)


かすかに、拳を震わせて、明子はまた吉田と向き合った。
明子を傷つけ、血を流すその姿を見せ物にしながら、牧野まで貶めようと目論む男と、明子は向き合った。


(私は、あなたなんかに傷つけられたりしない)
(お望み通りに傷ついて、あなたを満足させるなんて真っ平)
(私のために、なにも言わずに耐えて、待ち続けてくれている人がいる)
(その人が向けてくれた深い思いを、踏みにじり汚すなんて許さない)
(私が、守る)


そう言い聞かせて、明子は大きく息を吸い込んだ。

あの腕の力強さを。
与えてくれた温もりを。
その全てを思い出し。

吐き出す息で、吉田に告げる。
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