リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
どら焼きを食べながら休憩タイムに入っている渡辺や岡島たちから、興味深げにそんな質問が木村に飛んでいた。
午前中、結婚の報告だけで終わってしまった木村の話を、みな、好奇心丸出しであれこれと聞き出そうとしていた。

「なんだ。木村、パパか?」

小林の驚きと冷やかしが混ざった言葉に「いや、それはまだです」と、木村は笑いながら答えた。
そんな会話を聞きながら、明子はキューブ型の小さなチョコレートが入った箱を、電話中の牧野の机の上に置いた。
さっそくの電話攻勢らしいが、その顔は笑っている。
面倒な話ではないらしい。
視線を感じて目を向けると、美咲がなにかを言いたげに睨みつけていた。
私の牧野さんに近づかないでとでも言いたいのだろう。
気にするものかと、あえて美咲のことは無視して、明子は席に戻った。

「早く欲しいんですけど」

間に合うといいなあ。
小林の言葉を否定して、それから、そう言葉を続ける木村に、明子は首を傾げる。


(間に合う?)


なんのことだろうと見ている明子の視線に気付き、木村は笑いながら答えた。

「彼女のお母さん、癌なんです。もう、末期の状態らしくて、あちこち転移しちゃってて、手術も難しいって。薬で治療を続けてるんですけど」
「悪い。無神経なこと聞いて」

小林が慌てた様子で木村を止めるが、木村はきょとんとした顔で小林を見ていた。

「え? ああ、大丈夫です。結婚式のときも、もしかしたら、具合が悪そうに見えるかもしれないから、会社の人にもちゃんと話しておいてねって言われてるし。途中で退席したりするかもしれないけど、気にしないでくださいって。式に呼ぶ俺の友だちも彼女の友だちも、みんな、おばちゃんのこと知ってて、事情も知ってるし」
「もう、告知されてるんだ?」

明子の目に映った膝の上で握られている木村の拳は、かすかに震えているようだった。
けれど、明子の問いかけには、いつもの笑顔でこくんと頷いた。
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