リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
君島のところには、子どもがいない。
君島の細君は、君島より四つ年上だった。
君島は、かわいい甘えたな姉さん女房と、よく周囲に自慢する。
子どもができない原因は、その奥さんにあったらしい。
長い間、いろいろと治療を受けていたが、四十を迎え諦めたのだと言う。
そして、そのころ、一時的に二人は別居状態になったらしい。
離婚届を一枚を残して、家に出てしまったのだと、陶器市に行きだすようになったきっかけを教えてくれた流れで、君島はそれを明子に話し聞かせてくれた。
益子焼の湯飲みを撫でながら、老後は田舎の一軒家で、二人でのんびり陶芸でもやりながら暮らしたいなあと、そう言葉を続けた君島は、とても穏やかな優しい顔をしていた。

小林との間に、怪しいうわさが流れたときは、むしろ便乗して一緒に面白がっていた牧野も、君島のときには、怒り心頭だったらしい。
君島の別居の理由を知っていただけに、許せなかったらしいのだが、それがいっそう、うわさを煽ってしまった側面もあった。
いろんな尾びれと背びれがついた、あざとく際どいうわさを、ずいぶんと長い間、聞かされていた記憶が明子にもあった。
そんなことを思い出し、黙り込んでしまった明子に、小林の能天気な声がかかる。

「だいたい、使われているだのなんだのと言ってる連中なんて、ロクな奴らじゃなかったろ?」

その声に、明子も気を取り直したように沈み掛けていた気分を払拭して「そうだったかもしれません」と答えた。

「おおかた、牧野にぐうの音もでないくらいやり込められて、かといって、牧野になにか言ったところでも敵わないから、小杉で溜飲下げようとしたんだろうよ」
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