リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「バカ。それを忘れさせてやるのが、男だろ」
「忘れてくれなかったら?」
「なんだ、自信がないのか?」

だらしねえな。
くつくつと笑う振動が背中から伝わり、牧野はさらにふて腐れた顔になり、嫌がらせのようにぐいぐいと体重を掛けて君島の背中に寄りかかった。

「重いって。デカいんだから、お前」

そう言いながらも、決して牧野を振り払うようなことはしない君島に、牧野は泣き出したいような気持ちになってくる。

「なんか、雰囲気が変わったよな、あいつ」

君島がポツポツと、話を続ける。
低い声が牧野の耳に優しく響く。

「なんか、いい感じで緩さが出てきた感じじゃないか。張り詰めて仕事だけしてたのに」

久しぶりに肩を叩いて貰ったよ。
とうさん、とうさんと、楽しそうに歌っていた明子の声を思い出し、君島の頬が緩んでいく。

「今日の弁当は美味かったか? 食ったんだろ?」
「やっぱ。俺、あいつの飯、好きだな」
「飯で胃袋、捕まえられちまったら、勝ち目ないぞ。もう、白旗揚げて、土下座してでも手に入れちまえって」

マジでまた誰かに持ってかれたら、もう立ち直れないだろ?
諭す口調でそう問いかけきた君島に、牧野はやや間を空けてから、素直にこくりと頷いた。

「俺。全部、話さなきゃダメですかね?」

唐突な牧野はの問いかけに、なにをとは、君島は聞かなかった。

「話して、気持ち悪がられたらどうしよ?」
「そういうヤツか、あいつ?」

そんなヤツじゃないだろうという言葉を含ませての君島の言葉に、牧野はまた少しだけ無言になって、こくりと頷いた。

「弱いところも全部、抱きしめてもらってこいよ」

優しい響きのその声に、また目頭が熱くなる。

「よし。サーバーは大丈夫そうだな。昼間のフル稼働中だったら、アウトだったな」

こういうのも不幸中の幸いって言うのかねえ。
君島の独り言のような呟きに、牧野は笑った。


(あいつが、帰った後でよかった)
(いや、いっそのこと、居てくれたほうがよかったのかな)


そんなことを考えながら、目を閉じた。








かみなりが鳴り響く夜は。
嫌いだ。
でも。
こんなふうに。
ずっと寄り添ってくれる温もりがあれば……。


俺は乗り越えていけるだろうか?



心に思い浮かんだ者の名を、牧野はぽつりと呟いた。


(お前に、会いたい)
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