リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「君島課長のご自宅、ここから近いんでしたっけ?」
「歩いて、十五分くらいかな」
「近っ」

いいなあと呟く明子に「お前の家だって、そう遠くはないだろう」と小林は言い、明子は「えへへ、そうですね」と笑った。

「六時ごろ押しかけて、風呂貰って、着替えさせてもらったよ。千賀子(ちかこ)さんの顔、久しぶりに見てきた。朝から眼福眼福」
「いいなあ」

かつて、地元のケーブルテレビでキャスターとして情報番組などを中心に活躍していた君島の妻は、才色兼備を具現化したような女性だ。
テレビの仕事は辞めた今は、地方の情報誌や新聞紙面、大手出版社のウェブサイトなどにエッセイやコラムなどを書きながら、家事に勤しんでいるらしい。
周囲の者たちが、おしどり夫婦と口を揃える二人だが、その出会いは未だに謎だった。

二人が結婚する少し前。
千賀子はある事件の被害者となり、それがきっかけでテレビ局を辞めている。
事件の内容が内容なだけに、同情しつつも面白おかしく嗤う者も少なくはなく、明子はそんな者たちに嫌悪感を抱いていた。
だからこそ、そんな中で知った二人の結婚に、明子の中にあった君島への尊敬の念はさらに高まった。

それから一年が過ぎたころのある休日。
明子は街中で買い物中の君島にばったりと遭遇し、一緒にいた千賀子を紹介された。
テレビで見ていたころより、ずっと穏やかで柔らかな雰囲気をまとい、でも、目が釘付けにさせる華のある艶やかな笑顔を浮かべる千賀子を、明子は情景の眼差しで、うっとりと見つめていた。
立ち去る二人の後ろ姿を見ていると、自然に手を繋ぎ合わせた仲睦まじい姿に、ますます明子の顔が綻んだ。


(また、会いたいなあ)


思い出した千賀子の笑顔に、明子は夢見るような顔で、空を見つめ呟いた。

「美人さんですもんねえ」
「おう。君島は面食いだからな。あの厳つい顔で」
「そんなことないですよぉ。とっても、お似合いじゃないですか」
「千賀子さんも、自分でそう言って、よくのろけるんだよな。私たち、お似合いでしょって」
「いやん。かわいい」
「ははは。純和食の朝飯、食わせてもらったよ。あのやろー、朝から贅沢しやがって」
「お料理も上手そうですよね」
「仕事してたころは、料理コーナーなんかも担当してたくらいだからな」
「いいなあ」

心底、うらやましげな声で、明子は「いいな、いいな」を繰り返した。
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