リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「おはよう」
「おはようございます」

どさりと、乱暴な勢いで座りながら、明子に掛けたその声は、不貞腐れて拗ねている子どものような声だった。


(もう、子どもですかっ)
(怒られるようなことをするからですよ)
(朝から絞られるなんて、なにをしたんだか、もう)


コーヒーを啜り出した牧野を、明子は困った人だなあというように見て、それから、小林に目を向ける。
明子の視線に、小林は小さく肩を竦めると、退散するように席に戻った。
中でなにがあったのかは、知っているらしい。
あんがい、会議室から出てくるまでは、小林も君島と一緒に牧野を叱っていたのかもしれないと、そんなふうに明子は勘ぐった。
君島は、我関知せずと言わんばかりに、涼しい顔で客先に出かける準備を始め出した。
それでも明子の視線に気付くと、顔をくしゃりとさせて笑った。
とりあえず、ここは下手に突っついたりしないで放っておこうと、明子は牧野の様子など気にも止めていないように話しかけた。

「これは、ここに置いときますね」

まだ必要になるかもしれない資料を、牧野ルールを適用して割り出したファイルに挟み込みながら、処分対象の山を指して、それから足元の空の段ボールを指差し直した。
パラパラと、その山の資料を眺めた牧野は、思い切り吸い込んだ息を盛大に吐き出すと、いつも通りの声で「おぅっ」と答えた。
胸のうちのモヤモヤもイライラも、全部。
息と共に吐き出したらしい。
察するに、二人からのご高説は、牧野にとっては図星指されまくりの説教で、ぐうの音も出せずに不貞腐れていたというところなのだろう。
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