リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あいつに、悪さされてねえな?」

確認するような小林のその言葉に、明子はどきりとなった。


(悪さは……)
(されまくってきました)
(ごめんなさい)


そう内心では冷や汗もので焦ったけれど、なんとか、それは気づかれないよう、明子はいつも通りに振る舞った。

「会社ですよ?」
「悪さをする場所なんか、選ばねえヤツなんだよ、あれは。狂犬だ、狂犬。危ねえんだよ」
「えぇー?! き、気をつけます」

というか。小杉に悪さはしませんよ。
小林の言葉にさらに驚きながら、明子はへらりと笑いながら、そう言葉を続けた。

「小林さんと君島さんが怖いから、ぜったい悪さはしませんって、手を挙げて宣誓してくれましたよ」

明子はふふふといたずらっぽく笑った。
後ろめたいことがなければ、昨夜は送ってもらったときと答えてもいいのだが、生憎なことに、誰にも言えない秘密の夜だ。小林と言えども隠さなければならない。
ましてや牧野の前だ。
なにがあっても口にできない。
胸の鼓動は、とんでもなく早く脈打っているが、表面的にはいつもと変わらぬ様子で、明子は小林を見て笑った。

「なにを言ってやがる。あのやろ」

明子の言葉に小林は顔をしかめて、鼻を鳴らした。
牧野は、なにかを考え込んでいるかのように、またピタリと固まっていた。
そんな牧野を気にかけながら、島野からの言葉で伝えられそうな部分だけを繋いで、明子は淡々と語った。

「なんか、こっちの情報って言うか、部内のことを、定期的に流してほしいみたいです。昨日も、久しぶりに戻ってきたら自分ひとり浦島太郎状態で困ったって。土建屋さんの件も知らなかったし、坂下くんたちが、あそこまで酷い有り様になっていることも知らなかったって。そう言ってましたよ」
「そんな殊勝なたまかよ、アレが」
「一応、君島課長には、それなりに恩義は感じているんだそうです。だから、なにか困っているようことがあったら知らせてくれって」
「だとよ。課長さん。どう思う?」
「本心だったら、いいな」

明子から聞かされた島野の言葉に、小林は鼻先で笑い、君島は乾いた笑いをこぼしていた。
牧野は息を吹き返したように深呼吸をして「本心でしょ。そんなこと、前にも言ってましたよ」と呟くと、またサンドイッチを食べ始めた。

手にしているのは、カッテージチーズと、明子のお気に入りのオレンジジャムに入っているスライスされたオレンジを、重ねて挟んだものだった。
牧野が挟んであるのが普通のオレンジジャムではなく、輪切りをオレンジだと気づき、目を丸くしている様子が見えた。

子どものようなその顔に、明子の頬が緩んでくる。
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