リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「午前中、客先に行くんでしょ?」

恵美にそう言われて頷いた明子は、自分の左腕に着けている腕時計で時刻を確認した。
そろそろ会社を出ないと、約束の時間に間に合わない時間になっていた。

「牧野課長がね。もういいから、客先に行ってくれって。仕事をしている社員に対して、仕事していることをバカにするような、そんな恥知らずなことを言ってる連中とか、仕事をしたくないなんて、そんなどうしようもない駄々捏ねてる連中とか、わんわんみっともなく泣いてるような子どもなんか、相手にしないで放っておけって。相手にするだけ無駄だから、もう、好きにさせておけですって」

そう言ってたわよ。
そこまで言って、恵美はようやくロッカールーム内にいた他の社員たちな顔を、一人一人眺め見た。

「廊下まで、駄々漏れしてるわよ、あなたたちの声。聞いていて、さすがに呆れたわ。ホントに困った子たちね」

苦笑混じりにそんなことを言いながらも、明子には子供じみた自慢げな笑顔を見せた。

「男性陣は、さすがに女子のロッカールームには入り込めないから、牧野さまさまに、伝言を頼むって拝まれちゃったわ」

くふふ。
楽しそうに笑っている恵美のその顔につられて、自然と明子の頬にも笑みが浮かび「そうですか」と頷いた。

「珍しいこともありますね」
「ホント。俺様牧野様が手を合わせるなんて。明日は嵐から」

笑い声混じりの二人のそんなやりとりに、美咲がまた泣き始めた。
けれど、恵美の言葉を聞いて、やっと明子も諦めがついた。
時間の無駄だと幸恵を見限って、踵を返す。恵美また、美咲たちに背を向けて歩き出した。

「そうだ。原田さん。君島課長からの伝言。客先には、来なくていいそうよ。もう任せられる仕事はないから、好きにしろですって。北川(きたがわ)さんと高橋(たかはし)さんも。課長カンカンだから」

覚悟してね。
肩越しに、ロッカールームに篭城してるような後輩たちを見てそう告げると、恵美は明子を促してロッカールームを出た。
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