リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あんな作り話、俺たちが本気にすると思ってんのか」

いつになく低いその声に、明子は身を竦めた。
小林は、ふうっと一つ息を吐き出し、自分の左耳の付け根を指でトントンと叩いた。

「朝。ここに痕が残ってたぞ。バレてねえとでも思ったか」

舐めんじゃねえぞと凄むその声に、思わず、明子は小林が指し示した場所に手を当てる。
そうして、顔をやや伏せ気味にして、小林の視線を避けた。
その行動が答えを告げているようなものだと、小林は盛大に息を吐き出した。

「あいつのな、癖なんだよ。そこに痕つけんの。そういうのが判るくらいには、あいつとも、そこそこの付き合いしてんだよ、俺ら。メールの件がなけりゃ、思い過ごしだろうって笑ってやれたけどな、お前、うっかり自分でばらしちまったんだからな」

あいつは、なんかあったと確信してる。島野となんかあったってな。
きっぱりと言いきる小林に、明子は瞳が揺らぐ。

「まさかと思うけど、あれと寝たわけじゃねえよな」
「ち、違います。そんなんじゃないです。ぜったい、ないです」
「判ってるよ。まさかって聞いただろ」

必死の様相で否定する明子の表情に、小林は苦笑しながら、明子の前髪をポンポンと叩いた。

「あいつの気持ちに応えてやるつもりなら、隠したりしないで、正直に、全部を話せ。悪いことは言わん。それが一番、間違えのないやり方だ。応えてやるつもりがないなら、ちゃんとそう伝えて、あいつにもう諦めさせろ。お前のこと、もう諦めさせてやれ」

もう、いい加減、決着つけて、できたらな、いい報告を聞かせてくれよ。
静かな声で明子にそう言い聞かせた小林は「そろそろ帰るかな」と言いながら、伸びをした。
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