リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「昨日までのことは、許してやる。でも、今日からは、俺のもんだからな」
「ものじゃないですよ」

むっとした口調で反論する明子の鼻を抓って、牧野は腕を解いた。

「おやすみ。ほれ、さっさと家に入れ」
「見送ります」
「やだよ。こんな時間に一人で駐車場にいると思ったら、心配で帰れねえよ。ちゃんと家に入ったのを見届けたら、帰るよ。ほれ。家に入れ」

入れ入れと急き立てる牧野に、こうなるともはや言われて通りにするしかないと諦めた明子は、「判りました」と言い、おやすみなさいと言葉を続けて、牧野から離れた。
仕方ないと諦めた顔をしながらも、明子を案じてくれている牧野の気遣いが妙に嬉しかった。
駐車場からは玄関は見えない。
けれど、部屋の窓は見えるはずだ。
電気をつけて見せれば牧野も安心してくれるだろうと、明子は部屋へと急いだ。
急く気持ちに心が焦り、玄関の鍵を開ける時間すらもどかしかった。
電気をつけて、急いでベランダの窓を開ける。
牧野の車はまたそこにあった。
明子の姿が見えたのか、エンジンをかける音がして、静かに車は走りだした。
ベランダから身を乗り出すようにして、明子は車が見えなくなるまで見送り続けた。
夜の中に消えていく車に、泣き出してしまいそうな衝動に駆られる。
こうして送ってもらえることは嬉しい。
けれど、車に乗った牧野がこうやって暗闇に消えていくこの瞬間は、この先何度繰り返しても慣れないだろうと明子は思った。

そんな感傷に浸っている最中、くうっと鳴ったお腹の音で、明子は我に返った。


(もうっ)
(余韻にくらい、浸らせてよっ)


お腹の虫にそんな八つ当たりをしながら、明子はようやく部屋の中に入った。
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