リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
明子は、牧野から送られてきた資料を目にした。

今回の打ち合わせの議事録は、牧野の言うとおり、一回目のものを読めば十分だった。
二回目以降は、呆れ笑いを浮かべる以外どうすればいいのと思うほど、ほぼ何も書かれていなかった。
会議の議題が冒頭に書かれ、結論は次回持ち越しと、そう書かれているだけだった。
しかし、議事録以外に送られてきた資料には、明子は舌を巻くしかなかった。

おそらく、朝の電話のあと、牧野が急拵えで作ったものだろう。
これを作っていたから、メールを送るのが夕方にまでずれ込んでしまったのだということは、明子でも理解できた。


(そうだ。うん)
(とびきり厳しいけれど、逃げずに頑張る人には、とびきり優しい)
(昔から、そういう人だった)


記憶の奥底に仕舞い込み封印した、かつて隣にいた牧野が、明子の脳裏に鮮やかに蘇る。
どうじに、泣きたくなってしまいそうな甘酸っぱい思いを感じながら、明子は資料を読み進めた。

会社のトップたちが犬猿の仲で、人目も憚らず対立しているということは、会社内にもそれぞれの派閥があって、ところかまわず対立していると言うことだ。


他言無用。
絶対に外に漏らすな。


左上に、赤い文字でデカデカとそう書かれた添付資料には、今回、顧客側で打ち合わせの席に出ているメンバーはもとより、社内の主だった人物の名も書き連ねてあり、その人物たちの相関関係が明子にも判りやすく記載されていた。

社長派、専務派、常務派。
役職と所属部署。
それらの人物たちについて、簡潔にまめられた人物像。

ややせっかちで時間にはうるさいとか。
大の巨人ファンで巨人の悪口には激怒するとか。
糖尿病なので甘いものは勧めるなとか。

そんな個人的なことまで、どうやって調べ上げたのかと聞きたくなるほどに、そこには個人的な情報が事細かに書かれてあった。
仕事には直接関係のない情報だけれど、でも、こういう情報が、時には重要になったりすることが多々ある。
仕事をやりやすくしていくために、案外と、この手の情報は役に立ったりするのだ。
< 94 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop