リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
虫の居所が悪かった客先の担当者に、打ち合わせの合間に入れたトイレ休憩の僅かな時間、そういえばと生まれたばかりの孫の話を振ったとたん、担当者は相好を崩して話し出して、それまで気まずかった雰囲気が一転したなどという話は、どこにでもある≪よくある話≫レベルのものではないが、決して、珍しいものでもない。

よく会議の席で聞かされる『優秀なSEは優秀な営業マンたれ』という言葉も、あながち間違ってはいないのだ。

この仕事は、ただプログラミングの技術だけあればいいという仕事ではなく、想像以上にコミュニケーション能力を求められる。
だから、君島も沼田に対して、もう少し社交性があったらなあと、残念そうにこぼすのだ。

近づいてきたら注意しろと書かれてあった、社内にいる専務の愛人やら、常務のお気に入りやらの女性社員の名に、目をこれでもかと丸くして、盛大なため息を吐きつつ、明子はその相関図やら人物像やらを、さくっと脳内に詰め込んだ。


(愛人って……、マジですか?)
(なんて会社なのよ)
(もう、やだなあ、ドロドロちっくで)
(というか、牧野さん、これ、どこから仕入れた情報なわけ?)


やはり、牧野は侮れないわねと、明子は深々と頷いた。
< 95 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop