リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
その気配に、明子は寝転がったまま、通勤用のショルダーバックから携帯電話を取り出した。


(あ。やっぱり島野さんだわ)
(晩ご飯のお知らせかな)


女性にはマメだからと、悪びれることもなく言ってのけた言葉に違うことなく、島野は今日もメールを欠かさなかった。
すごいなあと、そのマメさに感心しつつメールを開くと、おいしそうなナポリタンの写真が添えられていた。
それを見たとたん、ようやく、明子の腹の虫が眠りから覚めたようにくぅっと鳴いた。


(ケチャップって、素敵)
(というか、無敵?)
(この色だけで、おいしそう)
(ケチャップ味に、外れないもんね)
(それにしても、島野さん)
(お昼は広島焼きで、夜はナポリタンかあ)
(そんなにがっつり炭水化物とって、なんであの体型なの?)
(まあ。牧野もそうだけどさあ)
(なんか、世の中って、不公平だーっ)


あたしにもそんなお腹をくださいよぉっと、そんなことに憤りながら、ひとしきり、じたばたとソファーで手足をばたつかせて、晩ご飯はナポリタンにしようかなと考えつつ、明子はようやくメールの本文に目を通した。


 牧野からメールがきたよ。
 損害賠償請求されたよ(笑)
 来月、牡蠣を送るから。


寝転がったまま、明子は笑った。


(損害賠償って……)
(もう。牧野のバカーっ)


額を抑えつつも楽しい気分になった明子は、来月は広島牡蠣がたくさん食べられるかもと、牡蠣三昧の食卓を思い浮かべて顔を綻ばせた。


(焼く?)
(それても、鍋?)
(あ。フライもいいなあ)
(いっそ、炊き込みご飯とか?)


まだ、自分が食べさせてもらえるかどうかも判らないのに、そんなことをあれこれと考えている自分が、明子はおかしくなって、ばかだなあと自分を窘めつつ笑った。
けれど、そのあとに続いていた不穏な文面に、その笑顔は引きつった。


 開発マシン、一台。
 クラッシュしました。
 明日、配送手配頼みます。
 課長には連絡済。
 よろしく。
 

ク、クラッシャー大塚。さっそく壊したわねと、明子はがくりと項垂れた。
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