リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
牧野にメールを送ってから三十分が過ぎようとしていた。

お風呂に入ろうと用意はしたものの、明子はうんともすんとも言わない携帯電話を手放すことができず、ソファーの上で膝を抱えるようにして座り、内容もよく判っていないドラマをぼんやりと眺めながら、何度も何度も時計に目を向け、携帯電話に目を向け、ため息ばかりをこぼしていた。
きっと、今夜は電話なんてないと、そう諦めかけ始めたとき、突然、明子の手の中の携帯電話は震えだした。
表示された名前に胸がドキンと高鳴り、バクバクと鳴りだして、明子は慌てて電話に出た。

「はい。小杉です」

自分の声がわずかに上擦っていることに気付いて、明子は息を吸い込み落ち着かせた。

『俺にも食わせろ』

余りにもらしいその第一声に、明子の頬は瞬く間にだらしなく緩んで、いつもの声に戻った。
とりあえず、その声は明子からのメールを迷惑がっても、嫌がってもいないようだった。
それが尚更、明子を嬉しさせた。

「食わせろって言われてもですね。だいたい、今、どこにいるんですか」
『車の中』

さらりと牧野にそう言われて、念のためにと明子は確認した。

「運転中なんてことないですよね?」

だったら切りますと慌てる明子に、止まって休憩中だから安心しろと、牧野は笑った。

『運転しながら電話なんてするか。もったいねえ』
「もったいない?」

どういう意味だろうと訝しがると、話しに集中できねえじゃねえかと、牧野はその疑問に答えた。
会話を楽しむことができなくて、もったいないと言う意味かと理解したら、その言葉に明子はますます嬉しくなった。
牧野の声を聞いただけで、沈みかけていた元気がふわりと浮上していることに、明子は現金なヤツめと自分に呟いた。
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