リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
『今日はちゃんと食ったのか?』
「食べましたよ」

本当のことを言うと、今日もそれほど食べられなかったのだが、それを正直に申告して牧野に怒られるのは鬱陶しいし、心配されると心苦しいので、とっさにそんな言葉を明子は吐いた。
夕飯のオムライスさえ、けっきょく、半分も食べることができずに限界となった。
腹の虫が、もう一杯だよと早々にギブアップしてしまったのだ。
さすがに自分でも、それには驚きと不安が混じった息を吐いてしまったくらいだった。
だから、誤魔化せるなら誤魔化しておこうと、とっさに明子は考えてしまった。
しかし、牧野はそんな明子の嘘など通用しないぞと言わんばかりに、電話の向こうで、大きなため息を、明子に吹きかけるような勢いで吐き出していた。

『うそつけ。食ってねえだろ。昼飯、ほとんど食ってねえの、知ってんだからな』

なんで知ってるんですかっと、言い返しそうになった寸前で、明子はその言葉をごくりと飲み込んで「木村くんに、スパイみたいなマネさせないでくださいよ」と、言葉を変えて牧野にクレームを入れた。

『させるか。あいつが珍しく昼にメールなんか送ってきたんだよ。なんだと思ったら、お前が今日もあんまり昼飯食わねえって。主任、モンスター退治でクタクタなのに、倒れちゃいますって心配してたぞ』

そう言う牧野の声も心配交じりで、明子はしょんぼりと項垂れるしかなかった。


『なあ。やっぱり、それって原田が原因か?』
「えーとですね。胃が、ときどき、キリキリするのはそのせいかもしれませんけど。食べられないのは、別っぽい気がします」

頷くようにそう告げた明子は、いい機会だとばかりに、原田のことを牧野に相談してみた。

「原田さんなんですけど。どうやっても、どうかにできるような気がしません。思考というかなんというか、仕事中になにを考えているのか、さっぱり判りません」

どうしたらいいんでしょうと、ほとほと困り果てましたというような声でそう言う明子に、牧野はそうかとさばさばとした口調で答えた。
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