リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
『なんか口に入れておかないと、落ち着かないみたいに感じで、食うときがさ。あるよな?』
「……、はい」

明子は耳の付け根を引掻くように撫でた。
それは、ある時期になると出てくる症状なのだが、そんなことまで、こんな形で牧野に話すのはどうだろうと、明子は悩んだ。
そんな明子の戸惑いになど、牧野はまったく気づかず、明子に問い続ける。

『あれ、なんか原因あるのか? 精神的なもんからああなるなら、ちゃんと医者に行けよ』
「いや……。あの……、あれはー、ですね。原因は判っているんで。はい。大丈夫です」
『なんだよ。原因って』

昨日、努力すると言った言葉通り、今日の牧野は根気強く声を荒げることもせず、ただ明子の身を案じて尋ね続けてくれていた。
それが判るだけに、どう言い繕えば心配をかけずに済むのか、明子は悩んだ。

『小杉?』

黙り込んでしまった小杉に、牧野の声が少しだけ不安げな色を滲ませた気配に、明子は仕方がない話そうと意を決して、努めておどけた声で答えた。

「そんな心配することじゃないんで、大丈夫です。そのですね。そういう時期が、定期的にくると言いますか、なんと言いますか。まあ、一応、小杉これでも女子なんで、いろいろとですね。その」

微妙な明子の言い回しに、電話の向こうの牧野は気配を殺したかのように黙り込み、ややあってから「アレが原因なのか」と、確信めいた声で呟いた。
へえと、やや驚き混じりの声でそう言う牧野に、なんて察しのいい男なんだろうと、明子は軽い頭痛を覚えた。

「よくもまあ、すぐに思いつきますね、そういうこと」
『あのな。これでもな、ちゃんと夫婦生活していたこともあるんだよ。女のそういう生々しい生態も見るって』

なるほど、そういうものかと、明子は納得したように頷いた。
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