リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「だからっ なんで、いつも勝手に、人のものを」
「なんだ、この緑の点々?」
「パセリを刻んで入れたんですっ そうじゃなくてですね、盗み食い」
「あんまり、甘くないんだな」

咎める明子の言葉などまったく聞いていないように、食べた感想を淡々と述べ続けている牧野に、ホントに、もう、この人はと明子は肩を怒らせた。
誰かに持って行く物だったらどうするつもりだったんですかとか、嫌いな物が中に入っていたらどうするつもりだったんですかとか、延々と言って聞かせたい言葉は山ほどあったが、牧野だからそんなことを言ったところで仕方がないと、明子は全部飲み下して、諦めたように笑った。


(君島さんや、小林さんも、たいがい、この人に甘いけどね)
(あたしも、人のこと言えた義理じゃないかも、だわ)


昔は何度も彼らに「牧野さんに対して、甘すぎますっ」と詰め寄ったけれど、じつは自分も同じ穴の狢だったのかと、自覚してしまった牧野に対する甘々さに軽い頭痛を覚えつつ、もう少し甘い方がいいだのなんだのと言い立てている牧野に、軽いため息を零しつつ、明子は答えた。

「ジャムとか、はちみつとかをかけて食べるつもりだったから、砂糖は控えめにしんたですよ。あんまり、甘くしない方が、朝ご飯にはいいし」

そのほうが、目玉焼きとかソーセージとかにも合うし。
明子の解説になるほどなと頷いた牧野は、なにかを思いついた顔で明子を見た。

「なあ。この間のアレ、あるか?」
「この間のアレ?」

目を輝かせているような牧野に、明子はなんのことですと首を傾げた。
そんな明子に、この間のサンドイッチに入っていたオレンジのジャムみたいなやつだよと、牧野はその正体を明かす。

「ありますけど」
「これにのせて食いたい、アレ、甘かったんだ」

一口がぶりと噛り付いたスコーンを差し出して、明子にそう強請る牧野のその顔は、お腹を空かせた子どものようで、明子はもはや笑うしかなかった。


(というか。これは、餌を前にした犬だわね)
(尻尾。ばさばさ振ってる犬だわ)


耳と尻尾が生えた牧野の姿を想像しただけで、明子は笑い出しそうになった。
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