リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
明子のそんな笑みなど気づいてもいない様子の牧野は、ジャム瓶を仕舞うとスコーンをのせた皿と、なぜかオムライスの皿まで手に取ってリビングに足を向けた。

「だからですね。お腹が空いてるなら、なんか作りますよ」

そんな人の食べかけたものをと窘める明子に「いやだね、俺はこれが食べたいんだ」と、牧野はきっぱり言いきり、まったく聞く耳を持たない。


(もうっ)
(ばかっ)


その後ろ姿にべーっと舌を出して、茶葉を入れた急須にお湯を注ぎいれた明子の耳に「おお、パジャマ発見」という牧野の嬉々として声が聞こえてきた。
その言葉に、明子の顔はまた一気に火照り出し、ソファーに駆け寄った。

ベランダに飛び出すと、駐車場に牧野の車があった。
そんな明子の姿に気づいた牧野は、車から出ると明子に手を振った。
マンションに近づいてきた救急車は思いのほか近い場所で止まり、まだ起きていた近所の住人たちが外に顔を出し始めてしまったため、なんとなく、車を動かし辛くなってしまった様子の牧野は、少し休まてくれと言うと電話を切ってしまった。

その瞬間から、明子の頭の中ではパニックが渦を巻き、なにをどうすればいいのか判らないままに、玄関でウロウロとしながら牧野を待った。
牧野が来ることが判っていても、インターフォンの音に飛び跳ねるように驚いてしまい、慌ててドアを開けた。
その間、自分の服装も、テーブルの上のオムライスのことも、ソファーの上のパジャマのことも下着のことも、全て忘れて、牧野の突然の訪問にオタオタしているしかなかったのだ。

牧野が見ているものを、ソファーから奪い取る勢いで手に取り、明子はそれを抱きかかえた。
< 967 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop