リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「あの件のせいでか?」

一瞬、目を瞬かせた明子は、すぐに質問の意味を察して、違いますと笑った。
バスの中で、木村にも同じ事を聞かれたことを、明子は思い出した。

「発想が木村くんと一緒ですよ、牧野さん」
「あ?! なんだと。……まあ、木村ならいいか。毎日楽しそうだし」

あいつに似りゃ、悩み事なんぞ、笑って吹き飛ばせそうだしな。
誉めているのか貶しているのか判らないような牧野の言葉に、明子も吹き出して笑い、ひとしきり笑ったところでぽつりと零した。

「子どものころから、ずっとなんです」
「ん?」
「子どものころから、ずっと、家族とうまくいってなかったんです」

吐き出すようにそう言って、明子は深呼吸をした。
鼻腔を擽る落ち着きのある甘い香りに、心が不思議なほどに落ちついた。
今まで、自分の口から家族のことを、人に話したことはなかった。
結婚を考えたあの男にさえ、家族とうまくいっていないことは伝えたけれど、その根っこにあるものを語ったことはなかった。
初めて明子の家族に会った日。
ぎこちない明子たち家族の会話に、家族とはうまくいっていないという明子のその言葉を、ぼんやりながらも理解してくれたようだったが、ことさら、それを追求してくるようなことはなかった。
ただ、明子の胸の中にあるその寂しさや精一杯の強がりに気づいて抱きしめてくれたから、なんとなく、それを口にすることがないまま一緒にいた。

「子どものころから?」
   
眉をひそめるようにして、その言葉の真意を探ろうとしている牧野に、明子は言葉を付け加えて説明する。

「姉がいるんですけど、子どものころはすごく体が弱くて。よく熱だしていたし、入院したりすることもあったり。喘息も酷くて。父が大きな声を出すだけで、発作を起こしちゃうこともあったから、父は姉を叱ることもできなくて」

ふうんと頷くように鼻を鳴らしながら、牧野は明子の言葉を聞き続けた。
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