リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「私が生まれてすぐのときに、姉は肺炎を起こして危なかったらしいんです。それがあるから、母は姉のことには神経質で。少し熱を出しただけでも、大騒ぎで」
「子どもって、急に熱とか出すもんだろ。そりゃあ、心配するのは当然だけどさ。それで、いちいち、そんなふうに騒いでもしょうがねえだろうに」
「でも、いつも大騒ぎでしたよ。何度か救急車を呼んだこともありましたし、姉が熱を出したとか、ひどい咳をしているとか。それを理由に、私の小学校と中学校の入学式と卒業式は、出てきませんでしたもの、ウチの母」

牧野は目を丸くするように見開いて、だったら、誰が来てくれたんだと、少しだけ憤り交じりの声でそう問いかけてきた。
自分の義父義母ですら、店を休みにしてまで、入学式卒業式はもとより、あらゆる学校行事に駆けつけてくれたと、そんな怒りが顔に浮かんでいた。

「祖父です」
「一緒に、山登りしていた?」

ええ、そうですと、静かな声で答えた明子に、牧野はそろりとそっと手を伸ばし、明子の髪を撫でた。
あやすようなその手に、珍しく慰めてくれているのかと、明子は小さく鼻を啜って笑った。

「だったら、姉さんを祖父さんに預けて」
「離れている間に、なにかあったら困るからって、祖父に言ったんです。お祖父ちゃんでいいでしょって、私にも、私が判ったって頷くまで言い含めて」

そういう人なんですと、明子は少しだけ寂しげに呟いた。

「母は、これからも変わらないだろうし、私も、あの夜をずっと忘れないから。母と私は、これからもうまくいかないと思います」
「忘れられるはずないだろ」

ずっと残るんだよ、そういうのって。
暗い、暗い声で牧野は独り言のようにそう言った。
明子は沈みそうな雰囲気を払拭しようと、気を取り直すように明るい声を出した。
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