リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「でもなあ。そんな親でも、小さかった俺にとっては、世界の真ん中にいる人だった。だから、捨てられたくなくて、殴られても蹴られても痛くても苦しくても、側にいてほしかった。男を捜しに、俺を置いて出て行こうとしていたあの夜も。殴られても蹴られても、泣いて縋って必死に引き止めていた。雷の音を聞きながら、必死に、縋りついていた」

その夜が、今でも蘇ってくるんだ。雷の音を聞くと。
震える声で、胸の奥底に隠してあったものを言葉にした牧野を、明子は抱き抱えるように胸に掻き抱いた。

静かな、静かな時間が、二人を包み込んでいった。



「なあ。幸せになろうな。俺たち。二人で」

どれほど、そうしていたことか。
明子を抱きしめたまま、牧野は唐突にそんなことを明子に言った。

ようやく体を離して、明子を見上げるその顔には、穏やかな笑み浮かんでいた。
なにを言われたのか咄嗟に理解できず、明子はきょとんとした顔で、牧野を見るしかなかった。
その表情に、牧野の苦笑がこぼれる。

「そんな顔、すんなよ。幸せじゃなかった分もプラスして、二人で幸せになろう。な」

右手を伸ばし明子の左の頬を包み込むように手を添えて、牧野は静かにそう告げる。
ようやく、理解できた言葉に、明子の頬が熱を持った。

「なれますかね?」

照れ隠しに、はてはてと首を傾げるようにして軽い口調でそう言う明子に、牧野は手を伸ばしてその頬を軽く抓んだ。

「この口か。この口だな。素直じゃないのは」

こいつめと、笑いながら牧野は口元に近いあたりをむぎゅっと抓った。

「痛い。痛い。痛いですっ」

ぺしぺしとその手を叩き落としながら、明子は頬を手で摩り恨めしそうな声で、乱暴者メと牧野に抗議した。
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