真っ赤な紅を…。
かのはある日、見慣れない青年に
「この辺りに不治の病に効くという薬草はないか?」
と声をかけられました。
かのは、まだこの奥山に自分に声をかけてくる人間がいたことに驚きましたが
「その薬草なら、この奥山にありますが、育ちが悪くてずいぶん探さなければ見つけられないのです」
と答えました。
すると、青年は
「私のいいなづけが不治の病に苦しんでいて、どうしても、その薬草を持って帰ってやりたいんだ」
とまっすぐかのに
伝えました。
かのは、また少し驚いて
「あなたは、わたしが鬼であることはこの醜い姿を見て解かったはず…、なのに…、恐ろしくはないのですか?」
と聞きました。
青年は
「お前は私を食おうとしているわけではないのだろう?、もう滅んでしまったと聞いていた鬼がいたことには驚いたが…」
そう微笑んで
「お前は薬草のことをよく知っているようだな、あの薬草が見つかるように、もっと教えてくれないか」
と薬草が見つかるまでかのの小屋に寝泊りすることを決めてしまったのです。

もう、ずっと長い間、自分のためだけに食べ物を作り、たった独りで暮らしてきたかのにとって誰かが一緒にいる暮らしは思いもよらず楽しくて、暖かなものでした。
そして、いつの頃からかかのは、『いつまでもこの暮らしが続けば』と『いつまでもあの人がここにいてくれたら』と思うようになりました。
そんなある日、青年がかのに言いました。
「お前が髪をとき、赤い紅でもさせば、人間の同じように若い娘よりも美しくなるだろうな」
かのは、天にも昇るほどの嬉しさで心が張り裂けそうになりました。
そして、『あの人と同じ場所で暮らせたら…』そんな想いが強くなるにつれ、月に一度の“その日”あの人に隠れるようにして里に下り、人の血をいただく自分の姿をおぞましく悲しく思うのでした。
ずいぶん時が経ち、とうとう、かのが身も凍るほど恐れていた時がきてしまったのです。
ある日、小屋に戻ってきた青年の手には、あの薬草が握られていたのです。
「いいえ、その花は違います…」
かのの口からはこんな言葉が飛び出そうになりましたが、愛しい人の笑顔には嘘はつけません。
「よかった…」
精一杯の笑顔でそう言いましたが、その目からは、大粒の涙が零れ落ちたのです。
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