密会は婚約指輪を外したあとで
「──は? 何もないってどういうことだよ?」


私の両肩をつかみ、正面から見下ろしてくる拓馬。


「あ……。まだ出会って間もないし、一馬さんはいつも忙しいせい、かな」


私は目を泳がせ、下手な言い訳を口にする。


「忙しい……? いくら奈雪に色気が足りないからって、あの兄貴がそんな真面目腐ったことをするなんてあり得ない。手を出せないくらい大切にしているのか。それとも──」


拓馬が答えに行き着く前に、私はコンビニで買った缶ビールを手渡し誤魔化す。


「はい、どうぞ。拓馬は明日も仕事なんでしょ? あんまり飲まない方がいいよね。あと1本だけだよ」


ソファへ座るよう誘導し、自分はキッチンへ逃げ込む。


「──じゃあ、兄貴とはまだキスすらしてないってことか」


つぶやく拓馬の表情からは今までの苛つきや憂いがさっぱり抜け落ち、上機嫌にビールを喉に流し込んでいる。
< 150 / 253 >

この作品をシェア

pagetop