密会は婚約指輪を外したあとで
「いや、いいんです。行くのやめましたから」


黒髪の彼はさばさばとした口調で答えた。

どうやら彼の名前は“タクマ”さんというらしい。


英国風王子だけが私へ向けて軽く微笑んだあと、すぐに彼らはホテルのロビーから出て行ってしまった。


もう会うことなんてないんだろうな、とスタイルの良い後ろ姿を名残惜しげに見送る。


一生分の勇気を振り絞って、連絡先を聞いておけばよかったかな。

いやいや、そんなのは非現実的。

地味な私のことだから、断られるに決まってるし。
もともとあんな素敵な人、釣り合うわけがないんだから。

これでよかったんだ。

自分に言い聞かせた私は、廊下の鏡で自分の姿をちらりと確認した。
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