飼い犬に手を噛まれまして
「じゃあ、なんで帰りの飛行機の便名を受付嬢に伝えてきたの?」
前菜のホタテと魚貝類のカルパッチョが運ばれてきた。オリーブオイルに香草の良い香りがする。
ワンコはグラスを籐で編まれたコースターの上にのせると、無垢な目をした。
「俺は深陽が好きで最後の悪足掻きでした。バカみたいに諦め悪いし……かっこう悪いですよね……」
「かっこう悪くなんてないよ! 深陽さん好きだっていうワンコ、最高にかっこいいよ! 自信持ちなよ」
「紅巴さん…………ああ、でもやっぱり複雑です。深陽なんかやめて、郡司さんいないし紅巴さんに甘えちゃいたいです……」
「だめだめ、そんなの一時の迷いだから後悔するよ。そうだ。それに私クビかも。だから、もしこのまま日本に帰ったら、ワンコは副社長続けて、いつかお父さんに負けないくらい立派な社長になりなよ」
「副社長になんか未練ないです。秘書をクビにさせてしまって自分だけ居座るつもりないですし」
「え、そんなとこはかっこつけなくていいんだよ。親子だから、いつか分かり合えるよ」
「いつか……って、もうずい分昔から信じてました。親父の命令通りに生きてきた。学校も友だちも習い事も、俺は自分で選択したものは一つもないです。家を出た日、親父には、裏切り者、と罵倒された。たった、一度自分らしくしてみたかっただけなのに……何か親父が満足するような成果あげることでしか築けない関係なんて、分かり合えるはずがない。
日本に帰ったら、バイトしながらデザイナーの専門学校でも行こうかなと考えてます」