女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
突然降って沸いた恋愛の気配に混乱していた。だってそんなつもりは全然なかったのだ。ただ晩ご飯を食べて倉庫と階段で助けて貰ったお礼を言い、別れるはずだった。そして私はいつものように一人の夜を過ごして、斎のバカ野郎への対応を練って・・・。
行動を起こせば何かがガラッと変わってしまう、それが判っていて、それでも私の足は電車へ乗るためへの一歩を踏み出せずに、その場に留まっていた。
だって私は――――――――復讐の・・・途中で・・・。
あの人は、まだ二回、いや、三回しか話したことのないよく判らない男で・・・。
ガラガラと音がして振り返ると、彼が店から出てきたところだった。
彼は暖簾をくぐり、私を見て立ち止まった。ハッキリとした顔が店の明りに照らされてよく見える。少しばかり驚いているようだった。
私はそれを見ながら心の中で苦笑する。・・・驚いてるわ、あの人。まあね、私だって驚いてる――――――――
「・・・帰ったと思った」
桑谷さんはゆっくり近づいてきて、私の隣に並ぶ。風に彼の髪が揺れて顔に被さる。それを首を振って払って、淡々と言葉を出した。
「君のとこ、俺のとこ、それともホテル」
ゆっくりと私の目の前に手が差し出される。大きな手だった。私はそれを慎重に掴んだ。
「・・・・・・ホテル」
また風が吹いてシャツの袖をはためかす。
口元にうっすらと微笑みを浮かべて、桑谷さんが静かに言った。
「・・・了解」