蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
‡〜シリス〜‡

「申し遅れました。
私は柚月春臣と申します。
こっちは木坂快です」

そう挨拶する柚月の声を、どこか遠くで聞いていた。
気分が悪いわけでもないのに、ゆっくりと意識が遠退いていく。
そして、意識の後ろからスッと何者かが前へと浮上するのを感じた。
手や足、頭がまるで自分のものではないように感じる。
夢の中で、夢だと分かっているのに思い通りにならない身体を不思議に思うような感覚。
そうして、自分ではない者が声を発した。

「お母さま…っ」
「ッ…快?!」
「…お母様、お久し振りでございます」
「…シリス…やはり、あなたなのね…っ」
「はい、お母様。
…怒っていらっしゃいますか…?」
「何を怒れと言うの?
あなたの良いようになさいと言ったのはわたくしです。
悔いのない道を選びなさいと言ったのもわたくしです。
何を怒れと言うのです」

そうだ。
”お母様”は、いつでも認めてくれた。
一番の理解者であり、唯一の支えだった。

「リュスナと生きているのですね…良かった…お前の最期を看取れなかった事が不安だったのです…っ良かった…」
「…っお母様…」

自分の命が、もう幾ばくも残されていないと知った時、最期は必ず姉様の傍に…と決めていた。
今まで支えてくれた母や、傍にあった双子の兄の前ではなく…。
目を閉じれば最期の光景が思い出される。
弱い身体が原因で、一度もあちらに渡る事が許されなかった自分には、最初で最後の遠出だった。
誰一人供を連れる事なくあちらへ渡り、姉の棺の前へと辿り着いた時には、もう一歩も歩く事がでくなかった。
眠っている姉の顔を見た時、もう良いのだと思った。
少しでも長く生きなくてはならない。
国の為に生きなくてはならない。
どれだけ苦しくても、命を投げ出してはならない。
そう思って生きてきた。
辛かった。
頑張り続ける事が、己の精神と命を削り取っていく。
それが分かっていても、やめる事はできなかった。
幸せだったかと問われれば、首を横に振るだろう。
何一つ成す事のできない、選択する事のできない生だった。
いや、一つだけ選ぶ事ができた。
そう…エルフの混血は、最期に選択する事ができる。
魂が放れた躰をその場に残さないように、粒子となって世界へと還るか、遺体として残していくか…。
私は何も残さない事に決めていた。
だって、もう要らないから。
何よりも姉の側にシリスの遺体は要らない。
姉の側には役に立たないシリスではなくて、新しい私が側に行くのだから。


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