蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
‡〜姉の歌声〜‡

夕暮れの迫る頃、王であるマリスは、今日分の執務をそろそろ終える所だった。
最後の書類に目を走らせていると、ふっと大気が動く感覚を覚えた。
それだけならば、また叔父達が無駄な事を仕掛けてきたかと眉をひそめるだけで終わっただろうが、なぜか今回は妙な違和感を覚えた。
引き寄せられるように、最近は開けなくなったテラスへ続く窓を大きく開き、もう何年も見なくなった外の景色を見下ろすと、目を見開いた。

そこに広がっていたのは、黒い瘴気に煙る城下の全てを覆う光輝く魔法円。
それだけではなく、王都の全てを見渡せるように造られた高いテラスに強い風が渦巻く中、途切れ途切れに聴こえるものがあった。
呆然と呟いた一言は、自分の意志とは違う何かに導かれたような衝動的なものだった。

「…ねぇさま…」

そんなはずはない。
そう思うのに、否定しきれない自分に戸惑った。
身を乗り出し、それを確かめようと耳をすます。

《…時を止める歯車は
夢を消し去るけれど
沈みゆく魂を優しく受け止めるだろう…
命を育む風の揺りかごは
時に激しく揺れるけれど
大地の愁いを消し去るだろう…》

聴こえたのは、遠い昔に敬愛する姉が行った浄化の術の歌。
忘れるはずもない。
聞いたこともないような美しい響きに、まだ当事幼かった自分は、息をすることも忘れたように聞き入った。

あの日、エルフの血を色濃く継いだ自分は、瘴気に過敏に反応して気だるい体を今の今まで引きずるように動いていたと言うのに、その歌声に、強力な魔力に魅了されて引き寄せられた。
もやもやとしていた頭は、いつの間にかスッキリと冴え渡り、体が急激に癒されていく。
全ての瘴気が払われた後、気付けば姉は正体なく横たわっていた。
侍従達が駆け寄っていく中、その顔を覗き込めば、青白く血の気の引いたものになっていた。

『リュスナ姫ッッ…何て事…っ。
ゆっくり運んでください…っ』

珍しく取り乱した母が、普段とは違う雰囲気で指示を出していた。
絶対に与えられた離宮から一歩も外に出ようとしなかった母がこの場にいる事に驚くよりも、集まった者全員が倒れたリュスナの方に動揺していた。

『…ねぇさまっ…』

ただ事ではない母の様子に怯え、最愛の姉がこのまま死んでしまうのではないかと怯えたのを今でも覚えている。

「…ねぇさまっ…」

そして今…。


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