漆黒の黒般若
「あたしの家はあっち。あの門の中なの」

自傷染みた笑みでお信さんは島原の方を指差す

「あの、でも遊女の人は門から出ることを禁じられていると聞いたことがあります…」

「あら、よく知っているのね。そうよ。あたしは本当は門から出ることを禁じられているの。破ったらきつい仕置きが待っているのよ」

「えっ!?だったら…!」
「いいのよ、楠葉ちゃん。あたし…実は楠葉ちゃんに会った日。あの日、あたしは思い人に会いに行く途中だったの。島原を抜け出すのも慣れてきていたけどいつまでたっても仕置きの恐怖は消えなくて、あたしは怯えながら彼のもとに向かっていた」

「彼はね、とっても正義感が強くて、今もこの京を護る仕事をしているわ。あたしとは大違いでしょ…?」
「そんなことっ!……」

なんとかお信さんを励ましたかったがかける言葉が見つからない

「そんなことあるのよ。遊女っていう肩書きは一生消えないの。前にあたしの姐さんをしていた人がいてね。綺麗な人だったわ。あたしの居る店は小さいけれど結構名のある店でね、姐さんはそこで一番の女郎だった…。そしてある日大きな商人の旦那から身請けの話が来たの。店中お祭りみたいな騒ぎになって、あたしももちろん喜んだわ。でも、喜んでない人もいたのよ」

「喜んでない人ですか…?」

「誰だったと思う?」

「えっと、そのお信さんのことを妬ましく思った人?とかですかね…」

「ふふ、楠葉ちゃんはそういう女の争い事とかが好きなの?」

楠葉の考えにお信はつい笑ってしまう

「違うんですか…?」

「えぇ、残念だけど答えはもっと違う人よ。

身請けを一番哀しんでいたのは姐さんだったの

普通身請けっていうのは無条件で生きたまま門の外に出られる唯一の自由

他の遊女達も身請けをめざして働いているのよ

だから姐さんが嫌がる理由があたしには理解できなくてつい聞いてしまったの
姐さんに

どうして姐さんは悲しいの?外に出られることはとても幸せなことなのに
嬉しくないの?ってね

そしたら姐さんが話してくれたわ

“たとえ外に出たとしてもあたし達遊女ってのは一生肩書きを背負って生きていくのさ

周りの目はあたし達のことなんか微塵も歓迎なんてしてくれない

だから身請けされてもあたし達遊女にしょせん自由なんてないのさ”

あたしは衝撃を受けたわ
そして絶望した
楽しみなんてなくなってしまったし自由もなくなってしまった

あたしはこのまま篭の中の鳥みたいに一生暮らしていかなくてはいけないと思ったら毎日が下らなくてあたしはだんだんと堕落していった」



静かに語るお信さんはやはりなんだかお梅さんの面影を感じる


< 332 / 393 >

この作品をシェア

pagetop