春の頃に思いだして。
彼女が櫛をとると、それで人形の髪を梳いた。


『あっ、あっ、あ――っ。気持ちいい……ご主人――』


髪を梳き終わると、櫛の歯は欠け落ちてボロボロになり、抜け落ちた髪の毛はバサッと散らばり、人型ごと塵と化した。


「こんなことだと思った。どう? 魎狐、燃え尽きたか」

『ゥう……おまえごとき、天狐様にはかなわない……』

「あ、興味ないから。そういう、うっとおしいの」


女はうんうん、と適当に頷いておいて、ばっさり切り捨てた。

まだ幼い狐の化身は、それほど妖魅の力は受け継いでいなかったと見える。依りしろを失って、唐突に消えた。


「長い髪には妄念が宿りやすいという。が……実際は、低霊の巣窟だ」


彼女は言ったが、獣は微動だにしなかった。たった今の、出来事を、目にすらしていなかったように。

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