春の頃に思いだして。
『きっと、はアテにならんな』
彼女は首をかしげる。
「なぜそう思う?」
『聞いてどうする。無益であろう』
「そうだねえ。だけど君、日本産じゃないだろう」
(ほとんど漢語で話すから。自分では気づいていない癖のようだけれどね)
獣はふうーっと息をついて言った。
『娘……俺はもはやこの世の空気よりも濃い、汚泥のような存在だ。近寄らないが良い』
彼はわずかに毛並みを気にするようだった。今は汚れて、大陸の狼が見る影もない。
『この俺の言葉一つが、この世界を穢し、汚し、磨滅させるのだ』
「長台詞も吐けるのか。いいんじゃない?」
もっとおやりよ。おもしろいから、と彼女が言うと、彼は天を仰いだ。
『おもしろがられて話しだすのでは、ばかばかしいが』
女は顎で頷きつつ、恐ろしく真摯にものを言う。
「続けなよ。こっちは退屈してたんだ」
『馬鹿な小娘だ……俺の毒気を吸うと、死ぬぞ』
獣は鼻を鳴らした。彼はゆらありと立ち上がると、身震いした。
空気が、陽炎のように、空気の層を揺らめかせた。
女はちらりと目線をくれてやると、桜の木が何事もなかったように、元に戻った。