彼と私の饗宴
次の事件は、その日の放課後に起こった。私は部長に頼まれて、被服部の買い出しから戻ってきたところで、すでに被服室には部員は残っていなかった。私の属する被服部は、ただでさえ部員が少ないし、皆変わり者で自由なので、普段から部室に揃うことは少ない。

私は部室の鍵を閉め、いくつかの戦利品を持って被服室に向かった。

誰もいないから、作品を進めてしまおうと思ったのだ。それに、弓道部が終わるまでは帰れない。一ノ瀬くんの下校時刻に合わせるのが、私の日課だった。

被服室に入ろうとすると、すでに先客がいたようで、中から話し声が聞こえた。私は部員が残っているのかと思い、ドアを開こうとしたけれど、僅かに開いたドアの隙間から、見慣れない光景をみて、思わずドアノブから手を離した。

廊下に誰もいないことを確認して、そっと中を覗く。

「ねえ、何か言ったら??」

聞き慣れない声だった。部員のものではなかったが、しかしなんとか声の主の顔を確認して、私は納得した。

「一ノ瀬くんにはもう関わらないで、って、私言ったよね??私と一ノ瀬くんが付き合ってるの、知ってるよね??」

一ノ瀬くんの交際相手だ。名前は知らないが、顔は知っている。

「ねえ、答えてよ佐倉さん!!」

女が怒鳴って、片手を突き出した。その先を追えば、見知った顔がある。

「ご、ごめんなさい…」

肩を押されて、消え入りそうな声で佐倉さんが答えた。

「こんなもの!!」
「っあ、」

ぱんっと音がして、二人の間から何かキラキラするものが飛んだ。それは小さな音を立てて床に落ちた。

「こんなもの、いらないでしょ」

大きな音がする。床を踏み鳴らす音だった。何が起こったのかこの細い隙間からでは見えない。でも、予想はできる。

「食べたかったら、自分で食べれば」

女は吐き捨てるようにそう言うと、身を翻した。佐倉さんが、力を失ったように座り込む。

先に人の男に手を出したのは佐倉さんだから、ひどいとは思わなかった。ただ、一ノ瀬くんのことを好きになる気持ちはわかるし、可哀想だとは思った。助けに入るべきか一瞬迷ったが、それはすぐに無駄になった。

「おい」

肩を叩かれて、驚いて勢いよく振り返る。

「う、あ……一ノ瀬、くん……」

いつからそこにいたのだろう。私は思わず狼狽えて、その名前を呼ぶことしか出来なかった。

「通してくれる?」

私は一ノ瀬くんに道を譲った。私が何かをしていたわけではないのに、なんだか後ろめたい気分だった。
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