My Little Baby【短編】
「‥っ」
息を飲んだのは、俺と、みちるのどちらだっただろう。
俺に名前を呼ばれたとたん、苦しそうに眉をしかめて鞄を握りしめている。
みちるが会いに来てくれていたらしいことに対する嬉しさと、他の女とのキスを見られたことに対する焦りがごちゃごちゃになって頭をいっぱいにされる。
「‥遼?知り合い?」
絡みついていた女に腕を引っ張られてはっとする。
知り合い?
「…知り合いなんかじゃない」
視線を女に移したとたん、制服のスカートがひらりと揺れる様が視界の端を横切って行った。
「みちる!!」
『なぁに?遼ちゃん』
俺が呼べばいつも嬉しそうに返してくれた声は聞こえることなく、アパートの階段を走り下りていく。
「っ!」
「遼っ!」
とっさに追いかけようとした俺の腕が女に掴まれる。
「ちょっと!なんなのあの子!」
「…離せ」
冷え切った俺の目に気づかないのか、尚も言い続ける女にイライラする。
「今日は私といてくれるんでしょ?…まさか、あんな子ども追いかけるとか言わないわよね?」
「黙れ」
「っ、」
「俺は、あいつしかいらない」
そう、みちるしかいらない。
「離せ」
自分でもこんなに低い声が出るとは知らなかった、と場違いにも考えるが、今度こそ腕を振り払って走り出す。
階段を駆け降りたみちるの足音はもう聞こえなかった。