絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「(笑)、こんなことできるの、お嬢様くらいだよ。今日は体調もいいみたいだし、良かった。楽しかったな」
 香月は隣の榊の言葉に、目を見開いた。
「……珍しいね、本当に楽しかったんだ」
「ああ、なんだか昔のことを思い出して。ああ、あんなことがあったな、こんなことがあったなって。初めて会ったのは、中学生の時だったか……俺が25の時だから」
「……うん、それくらいだろうね」
「大人びた子だなっていうのが第一印象で。まあ、中身も大人だったけど。あの高校教師の話は特にな、なんというか、ませてるというか」
「けどそれでさ、その先生捕まってるからね」
「うんまあ、けど、仕方ないんじゃないかな、この人に好かれたら最後……そんな気がする」
「……もしかして、好かれたことがあったの?」
「ないよ(笑)。自分が一番長く診てる患者さんだから一番思い入れが強いのかもしれない。親父に担当を変われと言われた時は自信がなかったけど、今は本当に良かったと思う。本当に昔は体が弱かったたんだ、それが成長するにしたがってどんどん逞しくなって……良かったと思うよ。本当に」
 榊が思い出している、医師の父親のこと、阿佐子が学生の頃のこと、若かりし頃の医師の時代、それらに一貫して言えることは、香月はどこにも関係してはいない。
「こんなに、美人だしね……」
「ああ」
 榊はきっと酔っ払っていたんだと思う。だけど私も同じくらい酔っていたし、阿佐子はそれ以上に酔っていた。
 だから誰も気がつかなかったんだと思う。
 阿佐子の本当の、心底の気持ちに。

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