絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「まあ小さい間はねえ。でもそんなの一時ですよ。うちみたいに大きくなったら、駄々こねてても小さい間の方が良かったって思いますもん」
 というか、この人の子供がいくつくらいなのか、全く知らない。
「あぁ……」
 としか返事もない。
「あっ、香月」
「はい」
 上司に気に入られ次々仕事を与えられる香月は、数カ月前、現場から本社研修に抜擢された、こちらも将来を期待された人物だ。今も、溜まっている仕事があるのか、忙しそうに早足でこの場を乗り切ろうとしている。
「悪い、今日飯付き合って」
「えっ、夜?」
 くるんとした瞳を大きくさせて、ぱちりとまつ毛を瞬かせる。
「うん、俺7時上がりなんだけど待ってっから」
 きちんと目を見て伝える、そんな紳士なふりをして、しっかりとその一切曇りのない多端正な顔を見つめる。
「え、うん……。私、シフト9時なんだけどそれまで待つの?」
「ちょっと買い物してからまた帰って来る」
「……うん、分かった。えーと、何食べる?」
「適当に予約しとく」
「あ、そうなの? うん、分かった」
 香月は明らかに「どうしたの!?」と言いたかったのを時間短縮のために避けたようであった。話しかける俺を置き、早くも商談コーナーに入って行く後姿が、何よりの証拠だ。
「香月さん、本社行ってからデキル女ーって感じですよねー」
 主婦はまだ用があったのか、だらだら話しかけてくる。
「あぁ……」
「彼氏も見たことあります? BMプレゼントしてくれたらしいですよ」
 俺のシーマの何が悪い! と思ってしまったせいで、そのまま無言で離れてしまった。
 無心になれるよう、速足で担当フロアまで戻ろうとするが、あれは彼氏からのプレゼントではなく、友達からただ貰ったものだと言ってやればよかったと後悔の念がなかなか消えない。
 病院を経営している父親を持ち、すれ違う人が振り返るほどの美貌を兼ね添え、それでも気軽ににっこり笑ってくれる香月が、その辺りの男ではなく、成功した男の側で歩く。
 当然のこと。
 だから俺は、いつまでも香月に恋心を抱くのではなく、ただの、友人の一人として置き換え、自分の道を歩んで行かなければならない。
< 66 / 202 >

この作品をシェア

pagetop