惑溺
 
そうやってお湯の中でぼんやりとしていると、リビングに置いてある携帯電話が鳴りだした。

出なきゃいいのに。
お風呂に入ってるんだから、わざわざ電話に出ることないのに。

そう思っているのに、勝手に体が動いてしまう。
浴槽から立ち上がり濡れた体にバスタオルを巻きつけると、床が濡れるのも気にせずに携帯電話にかけよった。

「も、もしもし」

『今日は部屋に来んの?』

電話の向こうから聞こえてくるのは、低く冷たい彼の声。
夜の10時過ぎ。仕事を終えたリョウからの電話はいつもひどく素っ気ない。

「……えっと」

私が返事を迷う一瞬の間。

『来ないならいいや』

「あ、待って……」

返事なんて待たず、素っ気なく電話を切ろうとするリョウに、もう少しその声を聞いていたくて、思わず引き止めてしまう。
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