惑溺
その時
「――由佳!」
背後から聞こえた私の名前を呼ぶ声に、思わずびくりと体が震えた。
強ばる私の顔を見て、リョウは静かに目を伏せた。
恐る恐る振り返ると、教員住宅の飾り気の無い出入り口から、聡史が白い息を吐きながら出て来たところだった。
勝手に出て行った私に、慌てて服を着て追いかけてきてくれたんだろう。
私の背中を見てほっとしたように歩調を緩めてから、私の前にいる人影に、目を細めて小さく首を傾げた。
「……あれ、西野?」
雪の中で向かい合う私達に怪訝な表情で立ち止まる。
「なにやってんだ?こんな所で」
眉をひそめた聡史に向かって笑ってみせるリョウの顔は、いつもの投げやりな冷たい笑顔に戻っていた。
「別に?偶然通りかかっただけ」
リョウは口元を歪ませてそう言うと、私の方は一切見ないまま背を向けて歩き出した。