惑溺
振り返ると、今年新卒で入ったばかりの矢野くんが笑顔で声をかけてきた。
「私はもう帰りたいんだけど……」
肩にへばりつく酔っ払いの沙織を指さして、困った顔をして彼に助けを求めた。
矢野くん、一緒に沙織に帰るよう説得してよ。
そう表情で訴えたつもりだったのに
「わーい!じゃあ俺も一緒に飲みに行きます!
美人の先輩ふたりと飲めるなんて、ラッキー」
なんて、口笛でも吹きそうなくらい能天気に笑う矢野くんに、思わず脱力しそうになった。
ああ……。
伝わってない。
私の言いたかったこと、ちっとも伝わってない……。