惑溺
「ありがとう、大丈夫だよ。私お酒飲んでないから」
「マジすか。1次会から一滴も飲んでないの?」
「うん。会社の人の前で飲むほど強くないし……」
そう言った私の言葉を聞いて、矢野くんがおもむろに手を上げた。
「すいませーん、俺ビール。
あと松田さんになにか飲みやすいカクテルかなんか」
沙織の前にいたリョウが、矢野くんの言葉に顔を上げてこっちを見る。
彼の黒い前髪の間から私を捉えた切れ長の瞳が、何か言いたげに微かに細くなった。
「あ、私カクテルじゃなくてウーロン茶でいいよ」
「えー、いいじゃないすか。
今までずっと飲んでなかったんだから、俺がいるから安心して酔っぱらって大丈夫っすよ」
リョウの顔を見ながら首を振った私に、矢野くんが笑って肩を叩く。