惑溺
「ちょっと!矢野くん近いってば、もうちょっと離れて!
酔ってるの?ふざけてるの?いい加減怒るよ」
「んー、じゃあ酔ってるってことで、許してください」
私の方にしなだれかかる矢野くんの体を必死で押し返す。
視界を矢野くんの体に覆われて、今リョウがどんな顔で私を見ているのか見えなくて。
不安で哀しくて、涙が出てきた。
「その唇の色、すごく似合う。なんかキスしたくなる。
もしかして俺、誘われてますか?」
「何、バカな事言ってんの。
いい加減にして!」
「ちょっと、矢野!あんた悪酔いしすぎ。
由佳嫌がってるでしょ、離しなよ」
必死で抵抗する私の声と、矢野くんを怒鳴る沙織の声。
騒がしい店内に、低く艶やかな声が響いた。