惑溺
 
「悪かったって……」

肩越しにその低い声が響く。

ドアとリョウの体との狭い空間に閉じ込められ、背中に感じる彼の体温に私は思わず息を飲んだ。
すぐそばに聞こえる彼の息遣い。
目の前で私の行く手を阻む、その逞しい腕。

なんでいちいち。
こんなにこの人の仕草とか言葉とか視線とか。
そんな些細なひとつひとつにこんなに動揺してしまうのか。

離して。手をどけて。

そう言って無理やりその部屋から逃げ出そうとした時。

「……手帳いらないのかよ」

頑なな態度の私に呆れたように、背後に立つ男が小さく笑いながら言った。


「あ!」

そうだ、手帳!
肝心の手帳をまだ受け取ってなかった……。


「部屋が片付いたら返してやるよ」

がっくりと脱力した私に、彼はくすりと笑いながらドアの取っ手から手を離した。


はぁ……。もう完全にリョウのペースだ。
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